こしあん日記

MURAバんく。の土屋のぐるぐるとした日記である。

尾張滞在記② 大須と古着屋

私のダウンコートは左腕だけが白い。もとよりそういうデザインだったわけではなく、中の生地が剥き出しになってしまった類いの"左腕だけが白い"なのである。

 


それは遠巻きから見るとまるでアームの様で、一部界隈から「ウィンターソルジャー(MCU参照)!」と呼びされる現象にまで至った。

別に人体実験や魔改造されたわけでもない。ただ己でえいっと引きちぎっただけなのである。

 


そんな徒らな動機であり、彼の背負う覚悟(左腕)とは甚だしく、恐れ多さは飽和量をゆうゆうに越している。

もうやめてやめて!と思いながら恥ずかしげもなく「もやし野郎ばかりだァ」と私はかましていた、

あの時の私を誰かやってくれ!!!!!

 


しょうがなかったのである。チャリンコで走っていた時に木の枝に引っかかり"微妙な破れ"が発生してしまった。

それはまあ見事に絶妙なみっともなさを演出するものであり、これは"バイト先などで「いじられ待ち」の雰囲気を醸し出してしまう破れ"でもあった。

 


そのやり取りで朝から相手に負荷をかけるのも申し訳ない。そして、毎度説明しなければならない空気に私は耐えられるか…。

その先に起こり得る相互関係の糸口をしっかり綴じる、そんな趣きで私は肩を軸に左腕の破れた上層部分を引きちぎった。

そうして、見事私の左腕は黒から白色と生まれ変わったのである。

 


その後、結局莫大なやり取りを生むことになったのだが、それにより生まれた"気づき"、いや"奇跡"というのもたくさんあった。

 


それから2年経ち、私はふと思った。

「え、良い加減どうなん?新しいの買ったら…?」。

心の呟きをもろに受けた。首の筋肉が自動で働き私はゆっくりと頷いていた。

「せっかく、愛知にいるし大須の古着屋で買っちゃうか……!!」

 


 


前置きが長くなってしまったが、今回の旅(?)で大須へは4度足を運んだ。

これは3回目の時の話である。

 


学生時代、私はほぼずっとここで過ごしていた。

大須観音あたりから出発していつもの古着→雑貨→レコ屋を回りその足で大須の(勝手に通称)ヲタロードをぐるっと見てどて煮丼を食って帰る。

大学で絶対被らない面白い服があったり、リソグラフだったり当時の印刷物を物色するのがたまらなく好き。

 


それから、卒論は大須を題材に書いた。

精神的な側面でも、かなりバンド作りにおいてもこの街、商店街からは影響を受けている。

そう、散歩しながらふと思った。

 


当時ベースの丸山氏が教えてくれて、そこから通い色んな文化を教わったストリート系のお店に行ってみよう。

 


懐かしい。大須でしか見られない信号を待ち、公園に沿って聳えるビルに入り階段を上がる。

空は良い感じにクリーム色で当時を歩いている様な不思議な感覚すらあった。

 


「おー!久しぶりーー!かなり久々だよね!?」。

へっへっへっなんて謎の不敵な笑みを浮かばせ、私にとっての古着の姉貴と久方ぶりの再会を果たした。

 


ここのお店では当時HIPHOP、トラックの類いにどハマりした時によく通って、ストリートにおける文化について色んな知識や精神性を教えて頂いた。

自分はどちらかと言えばジャズ寄りの音楽をやっているが、精神はリアルヒップホップで行こうという意思が固まった場所である。

 


それを教えてくれた我らが兄貴は今は独立されて大須にはいない。

「新しい知らない文化に踏み込むには、まずはちゃんとしっかり傾倒すること」。

ハスりややこし雑念だらけの私にはズドーーーンと響き、未だに思い出す言葉である。

それは、めちゃくちゃ勇気を必要とする。しかし、だからこそ一度埋没できれば遊べる可能性の幅が広がるということだ。

 


姉貴との近況報告を終えて早速、今回の予算はこのくらいです!季節的にはこうこうこうで!こうこうこういう機能性があると嬉しいです!とお伝えすると、ちょっと待ってね!と店内と裏から数着持ってきてくれた。

 


本当に有難い。本来はディグるべきなのだが、ここでは私のサイズ感を知ってくれているためそこからチョイスしてくれ、またガチのおすすめポイントや仕入れた理由を聞けるのもまた面白い。

 


しかし、その時は訪れた。

試着をしていると、姉貴側から「ね」の子音「n」の音がこの世に生を受け──私はギクっとした。

 


「ね、あのさっきのダウンだけどさ…」。

 


この人達に絶対バレてはならない…!

引きちぎったなんて、きっと服への冒涜であろう……!!

 


私は挨拶の時点から左腕に気づかれぬよう、生まれた間という間を埋めまくっていた。

しかし、感じていた。そこに確かな空気感を──。

 


まさにあの「ね、」はその重い空気が孕んだ暖簾を捲り上げるような「ね、」であり、私もカウンター奥の大将としての立ち回りをせざるを得なかった。

 


私は素直に白状した。すると姉貴は言った。

 


「え、買い替えなくていいよ」

 


!?

 


「寧ろ、これ、やろうと思ってできない質感だし、この経年劣化こそが古着だと私は思っているよ…!」

 


!?!?!?

 


なんか、えっへん!ととんでもなく偉そうな感情が芽生えてきた…!

 


「これいっそ何かペイントしてもいいし、ワッペン貼ってもいいじゃん!!新しいの別に買わなくて良いよ!!」

 


え、まじすか…………!?

 


胸中はどよめいた。

無意識、無自覚だったが、スカウター越しで見たこのダウンの戦闘力がとんでもなかった様だ!!

私は最早超人の気分であった。The・超人クラス。これはウィンターソルジャーに匹敵する左腕だったのである!!(?)

 


これやったら面白いんじゃない!?とアイディアを互いに出しまくった。

しかし!その挙句「でも、新調します」と、"買うんかい"という絶妙な空気をまた作り上げることに成功し、また新たに幾つかのアウターが目の前に現れた。

 


その後、全ての条件を見事クリアし、デザイン的にもビビッときた一着があり、私は数年ぶりにアウターを買った。

 


会計を進めていると「でも、よかった!私も実はここを離れるんだよね」と、姉貴は独立した兄貴の元で働くことになったため、大須から旅立つという。

 


丁度良い折りで、新ギア(アウター)をゲットできて良かった。

また、場所が神戸の方だそうで、その近くには我々がずっと出たいと思っているライブハウス(?)がある。

これは頑張らねばならぬ…!!

両者強くなってまた再開しようと拳を打ち付ける様に店を出た。

 


旧ダウンじゃないし、自分の中での無意識、無自覚なものが実は個の結晶であったりするのかもしれない。

そして、第三者から掬い上げられたそのポイントを素直に受け入れて完成される"型"というものもきっと存在するのだ。

己の思う無色が、実はその人のでしかない無色であるということなのだ。

だから、人と会うということは大切なことなのであろう。(すぐ引き篭もるな!)

 


大須に眠る都市論を探っているとまさにそういった奇跡の連なりでしかないのでは、と当時感じたことを今回凄い思い出した。

その時代を偶々共に生きている人たちの何となく持つ「あれが好き!」による掛け算で、結果面白いモノや街が生まれるのである。

私は感覚としてはイニシエからあって、でも、まだ世の中に存在しない「なんじゃこりゃ!!」と色んな人の目の前が明るくなる様な面白いモノや空間を作り出したい。