ふぁふぁふぁふぁふぁブログ

MURAバんく。の土屋の「ふぁー」から生まれた日記(?)

22-08-18 同調という仮想敵

同調行動がどうしても苦手だ。

日常でそう感じた時、なぜ自分は同調行動にそんなにもゲンナリしてしまうのだろうかと凄く気になってしまう。

それはちょっと興味に近いものもあるのかもしれない。

 

小学生の頃「合唱の時は笑顔で揺れて歌いなさい」と言われた時意味がわからなかった。

しかし、周りはやっている。なるほど、これは先生に褒められて、好感度を上げるためのものか。それに便乗すると、先生に褒められて教室での立ち回りもしやすくなった。

 

中学生の頃、同調した方が何かと楽だという点から校則に反することは一切せず(ボタンもしっかり閉める!)勉強もしっかりやって、親も安心する様に公務員を遠くに目指して部活にも参加していた。

しかし、とある映画監督の本を読んだ時に「自分はこんな退屈な日常でよいのか…」とハッとした。

 

私が中学生の頃に東日本大地震が起こった。

日本全体が凄く落ち込む中、私は観たかったアニメや漫画が止まってしまったことにショックを受けた。

これは倫理観としてヤバイんじゃないか、と。

 

しかし、愛知に住んでいる私の見る画面上の映像はまるでフィクションの様で、どういう気持ちを持てばいいかわからなかった。

だけれど、周りは凄く自分のことの様に落ち込んでいる。

それは同調とは違うかもしれないが、私にはそのスタンスは現地の方に対して失礼なんじゃないかと感じてしまった。

想像を遥かに超える経験をされている中で、私は家でハンバーグを食べていたりしているのだ。

募金などには参加して、私は自分の今をしっかり生きようと考えた。

 

高校は(自称と呼ばれているが)進学校に滑り込みで入学した。

中学もそうだったが、学校は基本「同調ベース」での指導であった。

先生が悪いわけではきっとない。その枠組みがメリットもあれば、デメリットは呪いの様にもなるといった感じだ。

 

その頃には私は胸中に不良を飼い慣らしていた。

今日改めて「同調圧力ってなんだ?」とググってみたら、メリットとして「人間関係がうまくいきやすい」「安心感がある」「楽ができる」。

デメリットとして「個性が発揮されない」「窮屈になる」「まちがったことをしてしまう恐れがある」と出た。

 

本当に良くないことはわかっているが、当時誕生日プレゼント文化を見て思ってしまった。

プレゼントを送り合う→帰宅後ラインのタイムラインで「みんな!ありがと!」と勉強机にいっぱいのプレゼントを敷き詰めた画像を上げる。

そういう人たちを見てしまうと「うわっっ、嘘っぽ………」と所謂やってんなと思っていた。

 

自分はこれだけの人に囲まれて今を楽しくしていますよ!という示しのためのプレゼント…。

そして、その渡した側も「今回あげたよね?ってことはわかってるよね?」と暗黙のカツアゲ了解を感じ取ってしまう。

そして、同じメカニズムをラインのまたタイムラインで目撃する。

 

え、関係性うっっっす…。

 

そう思えたのは、私にはぶっといパイプで繋がってる様な友人が学年に一人は居たからこそ感じられたことなのかもしれない。

あの人と話すネタになるし、まあいいかで乗り越えられる。

だからこそ、そこで何か目立ちたいなどは無かった。

 

「人間関係がうまくいきやすい」「安心感がある」「楽ができる」。

たしかにそうなんだろうな。

でも、それだけで良いのか…!?

みんな矢張り安心感がほしいのか。

私は安心感が1番恐ろしく感じてしまう…。

作られた安心感ほど白々しいものは無い。

 

土曜日も模試があるくらい模試好きな学校だった。私は手を挙げ「腹痛で…」とトイレに行きiPod nanoで音楽を聴きながらトイレを済まし、その後ギリギリの音量まで上げて、一人トイレの個室で思っていた。

 

星野源の「いちにさん」、ceroの「Orphans」、それからマイケルジャクソン「Off The Wall」、ディアンジェロ「voodoo」。まさにその頃である。

 

今日帰宅時に「いちにさん」を久々に聴いて、あ、一番の敵は「同調圧力」なんじゃないか?と思って、ぐるぐると考えを巡らせたのである。

 

その頃はもう耐えきれなかったのだろう。

全てを騙して、絶対おもしろい方へ行くぞと静かに決めていた。

 

しかし、ずっと東日本大地震に対して引っかかるものがあった。

そんな中、好きなミュージシャンが岩手県宮古市でライブをやるという情報を得て、これはタイミングだと思った。

ずっと引っかかる事の正体を確かめたかったから、私は初めて一人旅で東北まで行った。

 

ライブの翌日から二日間はフリーで行動することにして、ひとまずテレビで観た崩れたホテルの跡地を観に行った。

中には入らないように柵が建てられており、津波の影響で崩れたホテルを見上げた。

 

作業員の方が丁度階段から降りられた時に私に気付き、一人で来た旨を伝えると観光協会の方を紹介してくれた。

それから一日色んな場所を周り、かなりリアルな話をお聞きした。

 

そして、震災から数年経った当時の現地の方の感じ方などもお聞きすることができて、その時に初めて「お世話になった◯◯さんの住まれている東北」という認識を持ち、リアルな元気だといいなあという気持ちが芽生えた。

本当に想像を絶する体験であった。

 

しかし、町全体からは「復興」とかではない、何か力強く、しかし地に足つけるような低飛空な位置から生のエネルギーをめちゃくちゃ感じた。

これは矢張り行ってみないと分からないものであった。

ぐんぐんと前を向く覚悟が決まっていく様な。

「色々あったけれど、私はあったことを伝えていくことに決めました」という言葉もずっと記憶に焼き付いている。

 

大切なのは動作の主語がちゃんと「自分」であるかどうかなのだ。

自分がこの人に喜んでもらえたら嬉しいからプレゼントを送る、ならば…なんて素敵なんだろうか。

自分は◯◯になりたいから、この分野を勉強し、あの大学に行きたい。

 

学校で感じた白々しさは、目的が無いのに目的がある様な雰囲気での「同調」があったからだろうか。

 

こればかりは私の偏見がかなり強いため、ほんとに近々図書館に行って確かめたいものである。

 

22-08-17 マイクとの距離とタブーの切れ目

今日の録音を聴いて吉祥寺から一寸、家まで帰っている。

びっちりバイトをして弾き語りでライブに出て、今日こそは食べるぞとカルビ丼(大)を爆食いした。

 

腹が低〜〜く痛ぇぇ〜〜

 

大量カルビの重い、25の夏。

流石に大盛りは調子こきであった。

この帰路はサバイブである。

 

そして、録音を聴いて、ああ…、ここな…。ここやっちゃったんだよな…と脳内で会議も同時に進行されている。

 

実際に自分がライブで歌うまで意識できていなかったのだが、口元とマイクの距離と向き、ここがまだ全然掴めていない。

前回の反省を活かし、今日はなるべくゾーンに入れる様心がけながらも、俯瞰して己の姿勢を見つめ直すという目標を持って望んだ。

 

しかし、まだ人前で歌うことに全然慣れない。

一人であの空間の間を担うとは、相当タフネスである。

しかし、へばってはならない。自分なりの空気感が生まれる様に特に考えずにそこは望んだ。

 

今日のライブの結果、マイクとの距離は合ったり合わなかったり。

この関係性、バイト先とかで偶にあったりしますよね。

全然苦手とかではないのだけれど、なんかタイミングというかチューニングが合わないというか。

とはいえ、急に馴々しくもできない。

ちゃんと距離を取っていきたい所存である。

色々ごちゃごちゃと考えてしまうが、ちゃんと歌が届けられたら嬉しい。

 

共演のボルシチさん、Pale Fruitさんも凄く良かった。

ボルシチさんのリズムの手綱をしっかりと握っている様なグルーヴがカッコ良すぎた。

しかし、皆さん演奏後にすぐ反省会を始められていた。

丁度その場に居合わせて有難いことに混ぜて頂き、色々お話を聞かせてもらえて、凄く勉強になった。

バンドの練習の方向をさらに固めたいなと思っていたところに、まさに参考になる様なお話が聞けて感謝である。

 

今回誘って頂いた(ありがとうございますm(_ _)m)コバチさんからもコメントを頂けて、レベル上げをすべし点が幾つか浮き彫りになった。

カウンターのキムキムさんも漫画を買ってくださり…、手振りからとても面白い方だと伝わり楽しかった。

 

皆さんに挨拶し帰ろうと外に出ると、今日ずっと気になっていた「トップをねらえ」Tシャツを着ていたPale Fruitのベースの方がいらっしゃった。

唯一見たことのあるロボットアニメがトップをねらえの2だと話すと「さっきコミケの話もされてて色々聞きたいなあと思っていたんです」とお話ししてくださった。

 

何か感じていた香ばしさはまさに、であったな。

そして、たけとんぼの平松さんとも仲が良いらしい。

最後の最後にお会いしたため、なかなか話せなかったが今季のアニメも追っておられるそうで…。

これは貴重なお方だ…!

 

全然話は変わるが、私のキャンパスライフを捧げたと言っても過言でない「スプラトューン」の新作が9月9日にリリースされる。

それまでに何とかして諸々落ち着かせていかなくてはならない。

この日はしっかり休みも取ってあり、籠る準備は出来ている。

 

時間軸がブレブレで申し訳ないが、ライブ後下北沢から吉祥寺に降りて、松屋で食う中もずっととあるラジオを聴いていた。

その中でふと思ったのだが、私はタブーな笑いや共感がないとやっていけない。

 

例えば前に言われた「バーベキューやってる人=やってる」という感覚ももう現代にはほぼない。

別に人の自由だからいいじゃない。

兎角言う筋合いもないし、その人が楽しいなら私はそれが1番だと心から思う。

 

しかし、それと同じ熱量で「やってんな!!!」と思ってしまうのも、これまた事実。

配慮はもちろんする前提でも、根っこの感情に嘘はついていられない。

そこにおいての体裁こそ薄っぺらく感じられてしまうものはない。

そのマインドをフルオープンできる場って本当に大切なんだなと思った。

近々図書館でも行って調べたい例が沢山ある。

 

何も文章はまとまっていないが、睡魔様が私のドアをノックしてくるので、このあたりでb

 

このあと見事寝落ちするのであった。

奇跡的に起きれた。あぶねぇぇ〜。

22-08-16 ナンと腹痛

ナンが美味すぎた。

昨晩からナンのことばっかりを考えている。

そして、私は家の近所にもインドカレー屋があることを知っている。


一度行ったことがあったが、その時はライスで戴いた記憶があり、味、相場の価格が気になりお昼に行くことにした。


安い。安過ぎる。


しかも、ランチだとサラダもドリンクまでついて、さらにスモールナンもお代わりできるだと…!?神か…!?


店内はだいぶ落ち着いており、常連らしき他の2名も其々1人で食事をしていた。

店内には町中華の如くテレビが流れており、時折頭を上げるタイミングが揃ったりした。


でっっっけええええええ!!!

 

本を読みながら待っていると、プレートにはみ出しちゃうナンとカレーがやってきた。

美味い。安過ぎる上に美味い。


ナンをちぎりながら本を読むのは難関を極めた。

結果、プレートの端とメニュー表の端で見開きのまま固定するよう上手く設置して読みながら食べた。


いやー、美味い。めちゃくちゃ美味い。

ナンとカレーの残機の帳尻が合う様に食べ進める。

よし、スモールナンお代わりしちゃおうと注文をしてしばらくすると「お待たせ〜」と頭上に大きな影が現れた。

 


でっっっけぇぇぇええええええ!!!

 


え、普通にナンのお代わりと間違えてオーダー通っちゃったかな?と「スモールナン?」と聞くと「スモールナン」と店員さんは頷いた。

 


え、スモールナン!?!?

 


記憶の限りじゃ先ほどのサイズと等しい。

多少薄さがあるような感じがしたが、ここも店主の気前の良さなのだろうか。

もしくはこういう文化なのだろうか。

それとも背高男のため「こんぐらい食うっしょ?」という頭を下げるべき配慮なのだろうか。


腹は一杯。めちゃくちゃ美味かった。

あのヨーグルトみたいな飲み物をちびちび飲みながら本を読み進めた。


お会計を済ませて感動のあまり「めちゃ美味かったっす」と言うと度スルーだった。

本読むのがあまりよくなかったかな…、ちゃんとした文にして言ったほうが良かったのだろうか…と反芻しつつ、〜っすの後に「。」分のシーンとした空白が生まれてしまったため、会釈することにより空気を何とか繋ぎ止めた。

それから店を出ると、その店員さんは「またどうぞ〜」と皿を高く挙げて何か合図を送ってくれた。

また行こう。

 

その後買い物を済ませるついでに近くの団子やで何か一つ買うかといつもあまり行かない駅の向こう側へ行った。

そして、この後に腹痛が起こるのはもう予想済みである。

 

いつ便意の音階(©︎朝井リョウ)が駆け上がってきても良い様に脳内マップにトイレマークのついている施設に沿って目的地へ向かう。

そして団子屋につき、買うなら帰りに買うかとその近くのスーパーへ入る。

 

さっっっみいいいいい。

音階は一気に駆け上がった。ラの♯くらいである。

しかし、竹取物語の光る竹の様に陳列されている商品に光るものがあった。

 

こしあん(100円)…!!

100円!?

いつもは250円くらいの袋で買っていたので衝撃が走った。

そして便意の音階はその驚きで一瞬止んだ。

 

それから、何か作業用にお菓子を買おうと熟考しているとまた便意の音階は駆け登ってきた。

それ故慌てて判断も鈍り、いつもじゃあまり買えないロータスも手に取りレジへ直行し、近くのトイレスポットへ向かった。

 

ところがどっこい、潔癖症とは言わぬが一寸したその類いに弱い私は、ここに腰をかけることはできぬ!!と目の前のゴールから踵を返した。

大きなスーパーのとある通路に入ったところにあるトイレで、そこを通るのは基本的に従業員なため、すれ違う人から挨拶される度に平静を装い且つ従業員然として外へ向かった。

 

言っても近くに別のスポットがある。

セブンに入ると「トイレットペーパー使用の際はレジまで」と貼られている。

最近トイレットペーパーを盗む人がどうやら多いらしい。

頼むからやめてぇ〜〜〜、こういう時めちゃくちゃ大変なんだからぁぁ〜〜〜。

 

しかし、ここのトイレはそうは言っているが、ちゃんとペーパーは個室内に常備されていることもチェック済みで、システムが変わってないことを願いながら直行した。

 

セーーーフ。ありましたーーー!!

ありがとうございます(完)と言った具合に野暮用を済まし、軽くなった身体で夏の空に歩いた。

 

本を読みながら道を歩くのが好きである。よくないことではあるだろう。

しかし、ながら読書は最高なのだ。

無事、買い物、洗濯も完了し部屋へ到着した。

 

明日からはまたライブや制作に諸々が動き出すので、その準備をしつつのんびり過ごしたい所存である。

22-08-15 ノープランド

(昨日の続き)

 

どら焼きを食べながら、見逃したニコ生のアーカイブを見た。

すると摘んでいたはずの重力が外れた。

生まれてはじめてどら焼きを落としてしまった。

あぶない、寝落ちしかけ始めていた。

 

あんこの神から祟りが起こる前に摘み上げ、無事に胃へ成仏した。

歯を磨こうとした。

すると、そこには気持ちの良さそうな畳まれた布団が…!

 

ダーーーーーッイブ!!!

 

 

脚に血の引く感じがする。

…っは!!

畳まれ布団に身体を預け、何故か椅子の上にかかとを上げるという謎体形で寝ていた。

バレー部の時に体育館で血が回らなくなり、血を巡らせるためにこの姿勢になってボールの跳ねる音を直で聞いていたのを思い出した。

 

脚を下ろすと感覚が失われており、身を引きずりながら、ひとまず時間のわかる何かを求めた。

 

4:00!

よじだ!

 

漫画でも読もうかしらと思ったが、急に尿意に司られるように睡眠欲が高まり、漏れる!と言わんばかりに布団を広げてばたんきゅーを決め込んだ。

 

 

朝の9時。

丁度良いタイミングで起きたな。

しかしまあ、足の踏み場もないとはまさにこのこと。

この五畳半に確保できる導線はなかった。

昨日のレコーディングでギターを4本使用したため、まるでキーブレード墓場の様にあちこちに屹立としている。

 

ひとまず顔を洗い、不揃いどら焼きを食った。

そして、ニコ生のアーカイブをつけて今後見ていく夏アニメをチェックした。

それから蕎麦を茹でて、冷凍の炒飯も作って食べた。

 

今日は休みだ。

しかし、何をしよう。

愛知の頃は確実に家の中で、外に出る選択肢は無かったが、今の私は内側よりも外側へ興味がある。

ところがどっこい、目的などはない。

結果、五畳半に籠るのであった。

 

ひとまずフライヤーのラフを作り、ポッドキャストのチェックを念のために行い(Spotifyできけるから聴いておくれ!無料版でも聴ける!)久方ぶりにDAWソフトをつけた。

近々に控える提出系の制作の予習という名のイメトレを行ったのだ。

するとあっという間に夕方間近になっていた。

 

吉祥寺にて葛飾出身と合流し、打ち合わせとハードオフに行くことだけを決めて商店街を歩いた。

 

今までだったら俄然ベローチェ推しだったのだが、最近ドトールのアイスティーの美味さを知ってしまった。すまん、ベローチェ

ハードオフに近いことからドトールにしましょうと決まり、甘甘にしたアイスティーを頂いた。

美味かった…。

 

打ち合わせが終わりハードオフで楽器を観に行った。

我々は所謂ビザールギターファンで、吉祥寺のハードオフは品揃えが面白く、吉祥寺に来たら必ず寄ってしまう。

それに出身はかなり詳しいので行く度に勉強になる。

 

その後飯を食おうとうろうろした挙句インドカレー屋へ入った。

 

高校生ぶりのインドカレーは衝撃的な感動があった。

ナン×2にライスにサラダに結構肉の入ったチキンカレー。そしてかなりリーズナブルな値段でもあり、ナンが美味すぎてここ1週間はまたナンのことを考えるのだろうなと少し呆れもした。


厨房でお喋りをしながら働く店員が2名と、少し影になったところに立っているオーナーらしきスタッフが1名いた。

私は食事の際なぜかあまり水を飲まないのだが、出身はショットの酒を勢いよく呑む様に飲んでいた。

そして、飲み干すオンタイムでオーナーは影からスッと入ってきて「おかわりいりますか?」と尋ね水を注いでくれる。


とても気前の良いお店で「かき氷のサービスもありますが…」と案内してくれた。

しかし、店内は極寒。超寒い。気前の良さが高次元レベルで感服した。

今回はちょっと遠慮した。また絶対に食べたい。


「お、うま」「これはうまいですね」など能動的に出た言葉や、店内BGMの音を掘ったりする以外はあまり会話をせず、黙々と食べながら時にスマホを触る。

そして、後ろの席の男女の会話を気付けば盗み聞きしていた。

という、誰もが盗み聞きしてしまうようなワードが頻発しており、せざるを得なかった。


きっとその2人は付き合っている間柄ではなく、其々の好意を寄せる人の話+まわりの恋愛事情を話していた。

しかし度々「ブス」だったりと割とパワー強めな言葉がとてもカジュアルに聞こえて来る。

そして、内容はクズクズのクズ。

これは出身も聞いているんだろうなと思いながら、黙々と平らげた。


帰路に着いた頃、話題は矢張りその話になった。

ひどいことを言うもんだなあと話しながら、それよりも丁度後ろの席の人が凄い背に凭れてきて困ったと話しており、それがとても面白かった。


駅に向かう途中、建設中のホテル横に謎の煙突がありその正体を暴こうと裏に回って近づいてみた。

するとそこは元々銭湯だったらしく、出身の話していたように謎の増築がされており、かなり厳かで独特の空気感を放っていた。


それから、ヨドバシに行きポケモンカードが置かれているか見に行き、ついでになんとなくプラモデルゾーンをただ歩いた。

へぇこんなもんがあるんだぁと一寸した発見をしながらそのまま外に出た。

遊戯王ポケモンになっただけで、小学生の頃のルートとほぼ変わらない。

ならば、さっきの会話していた2人のその頃はどんなだったんだろうと考えたが、全く想像がつかない。

めちゃくちゃ気になる…。なんとか聞けないものか。


それから井の頭公園側に屹立する「ソープランド」ならぬ「ノープランド」のネオンを観に行き、吉祥寺の怪しいゾーンを探索して解散した。


久々に良い無駄な時間が過ごせて良かった。

それにナンがとてつもなく美味かった。


そして帰宅後、今後に控える諸々の準備を進めて、心地良さを知ってしまったのか畳まれた布団の上でまた4時に目が覚めたのであった。

22-08-14 そば食って、どら焼きを食う

いやっは〜〜〜〜〜。

TKRT!!!

TSUKARETAaaaaa!!!!!

 

本日は朝からレコーディングがあり、帰宅して只今23:08。

腹が減ったが、腹は減っていない。

こういう時ありません?1番困るのだが…。

また蕎麦にでもするか…?どうする…?

…あ!!

 

前に怒涛のライブを終えて、所謂ドラムを担当しているチェと近くのラーメン屋に行ってみたら感動するほど美味かった。

しかし、その翌週くらいに丸山含めまた改めて行ってみると、水を足したくなる程に味が濃かった。

 

これは疲れて塩分がなかったから丁度良く感じたのか、この日だけ味がとてつもなく濃かったのか。

この数週間ずっっっと思い返してしまう。

あれは一体どっちだったのか、と。

 

有難いことに彼はメンバー其々を送ってくれる。

私は1番に降りた。それから東へ向かいまた西へ戻るため、もしかしたら丁度近所を走っているかもしれない。

 

このヘトヘトな今日こそ、ここ数週間の謎を明かせるのではないか!?!?!?

 

そう思い連絡してみると「すまん〜、もう近所だわ〜」とその試みは断念した。

 

あああ、ここに来てもう外で食べたくなってきた。

普段はほぼ自炊なため外食のハードルは高い。しかし、今日こそはそれを解いても良いのではないか!?

しかし、めんどくさい!!

ああ、めんどくさい!

もうこの椅子から立ち上がるのすらめんどくさい!!

 

あ、不揃いのどら焼きを買ってたんだ。

それ食うか?

もういっそ、スーパーに行ってなんかお菓子でも買うか?

いや、外に出るなら何か用がある時にしてほしい。

 

あ、明日夕方まで何も予定ないや。

え!何しよう。何しようか!

 

どっか行く?

いや、行きたい場所は特に無い…。

え、何したい?

積読の本を読むか、曲を作るか…。

 

行きたい場所も無ければ買いたいものもない。

あ!バイキングに行けたら、それはもう最高だな…!

しかし、急に誘って行ける人もいない。

アニメみたりしながらフライヤーを完成させるか。

 

あ、ラーメン屋調べたら歩いて20分か…。

食いてーーー!けど、めんどーーーーー!!

 

ひとまずお湯沸かすか…。

鬼の様にそば食って、どら焼きを食おう。(完)

22-08-13 コミケに参加する

コミケ

人が凄い、セクシーを

井の頭公園の白々しさの正体

うわ、太イニシエの間隔やん。

 

台風の気配漂う国際展示場、朝。そこには人の渦が巻き起こっていた。

コミックマーケット100。記念すべき100回目にて初コミケ、そして初出店。

この日のために初めて漫画の短編を描いたのだ。

 

そわそわしながらも同じサークルの先輩と合流し、ほぼ無言のまま会場入りを果たす。

台風の日の朝にほぼ無言で居られるのは助かる。

徐々にエンジンをかけていった。

 

ブース設営が完成すると、会場にアナウンスが流れた。

誘導するスタッフに運営らしきスタッフを見かけると、本当にみんなで作り上げてきたイベントなんだなと感動した。

 

先輩と店番を交代しながら会場を歩いた。

私の鍵つき趣味垢(Twitter)とはもう10年以上の付き合いになる。最も信頼できる情報網があるといっても過言ではない。

検索欄で「c100」「@土曜」と打ち込むと数々のファンである絵師さんたちのアカウントが挙がった。

今までタイムラインで見てきたものが、目の前に存在するモノとして置かれているのだと…!?そう思うとウズウズして、行きたい場所全部メモした。

 

その中で二次元でも三次元でもなく、己の美をまっすぐな次元で追求するとあるコスプレイヤーさんもブースを出していた。

それもセクシーコスプレイヤーさん。

えちえちなコスプレイヤーさんである。

 

これは絶対に行かねば…!!!

「ちょっとフラッと周り見てきます」と先輩に伝え、そっと東館から脱出した。

 

西館は思った以上に遠かった。

我々は創作ブースであったため、音楽やゲーム、同人といった他のブースを眺めるのもおもしろかった。

 

遠くに人だかりができている。

あ、あそこだ!!

あくまで私は知らない世界を覗き見る気持ちで歩を進めた。

 

その通りはまさにえちえちロードであった。

それぞれの趣味という趣味なモノやファッションでとても賑わっていた。

もうかなりギリギリな格好の人もいた。

しかし、不思議なものだ。多少の下心を携えながら行ったものの、まるで異世界へ転生したような気持ちになった。

 

現代におけるコンプライアンスの向こう側の世界。

しかし、そこは断じて無法地帯などではなかった。

出店者とファンの信頼度の高さが、それぞれの距離感から凄く伝わった。

リスペクトと感謝の念が溢れている。

エロに度直球だからこそ、寧ろそこに白々しさなどなかった。

 

ああ、なるほどなあ。井の頭公園のワイワイに時に感じた白々しさは所謂持ち帰りなど、趣旨がぼやかされた空間に白々しさを感じてしまうのか。

だからこそ、気が引けるようでそれがやり切れる羨ましさがあったのか。

そのぼやかし空間で役に入り込むように「やってる」ができない人間だから、私はリアルヒップホップでしかいられないのだろうか。

 

まさにその趣味を密やかに嗜む人のだけのモノという冊子を眺め、創作意欲に感動しながら進むとスマホに表示されたブースの番号に辿り着いた。

 

あ、本物だ!!!

人だかりの海の向こうに顔が見えた。

ひょこっと背伸びをしてみた。

 

…あ!服、着とる!!!!!

服を、着ておられる!!!

 

服を着ておられた。

しかし、矢張り放たれる華やかさというものは凄まじかった。

私はそのキラキラを浴びにいきたかっただけである←

 

自分達のブースに戻ると「お、2冊売れたよ」と先輩は相変わらず感情の見えぬ面持ちで言った。

よかったよかった、まずは人の手に無事渡って良かった。

ファンもいない中同人でもなくオリジナルを売るのはほぼ無理な話なのだ。

買ってくださった方に感謝である。

 

それから数時間。冊子もちらほらと無事人の手に渡りアナウンスが流れて我々は撤去する準備を進めた。

 

先輩と冬コミに出ようという話になった。

今回の反省点、実際に出てみて分かったこと、そして色々回って発見した気づき。

それらを共有して「次こそはけさせるぞ」とほぞを固めた。

私は音楽をやっている身であり、今回はお試しの感覚で始めたが、しっかり向き合ってみて楽しさと辛さを思い知った。

次こそ行列ができるように、冬に向けての作戦を実行して技量も上げられるように進めよう。

 

ブースの片付けが済み、さあ駅へ向かおうとした時「あの…さ、西館って行った?」と先輩に問われた。

「YES」と言うと「あれは目のやり場に困ったわ…」と笑っていた。

いや、あなたこそ行ってたんかいなんて思いながらりんかい線の電車に揺られ爆睡した。

 

その漫画は通販も行う予定なので是非チェックしておくれ。

AKAHON vol.1という短編集で「ザ・フィッシュマン」という漫画を描いた。

原案は中学の時にあったものなので、まさか今になって完成するとは、とその時の同級生に連絡しようと思ったが…。思ったまま終わるパターンのやつですな。

ふぁーーー

22-08-12 花を添えて

井の頭公園を通ると、え、やっぱこういう世界線もあったんだなあなんて思う。

夜の公園の各所で賑やかな大人数の声が聞こえる。

100%で羨ましい!!なんで行けなかった!?

 

このような反復運動が胸中でよく巻き起こるのだが、それは単純に価値観の話なのであろう。

どんな状態が自分にとって楽しいのか、もっと言えば無理せず楽しめるのかがきっと大切なのだ。

大学1年で部活(ビッグバンド)の飲み会で即リタイアをしてしまった私はただただ度量が足りなかっただけど。

 

しかし、きっとそこに価値観がバチン!と合う人がいたならまた変わっていたかもしれない。私の場合たまたま居なかったのだ。(実際一人居たけれどお互い辞めてしまった…そういう運命か…)

その飲み会にはあまりにも白々しいものがあったのだ。

 

そーーーれにしても楽しそうだ。

良いなあ〜良いなあ〜なんて言いながら、今日も今日とて丸山と合流し曲を仕上げた。(また貴様か…)

そして、モヒート号がやってきて、鍵盤のおdとも合流し、MURAバんく。リズム隊で軽井沢へ向かった。

 

薄く目が覚めるといつもの五畳半とはまるで違う綺麗なホテルで、横のベッドではおdが曲を流していた。

 

っっるせぇぇぇ〜〜〜。

 

彼は「へ〜、この二人のタイニーデスク昨日上がってたんだ」と言っており、すかさず私は「ちょ、イヤホンしてもろていいっすか?」と一声かけてギリギリまで寝た。

どちらも一緒の部屋になりたくない。ノット乙である。

 

そんな今日はいつもデザイン周り、そしてそれ以外においてもお世話になっている愛知からの先輩の結婚式がある。

我々は式の中の音楽を演奏させて頂く。

良い緊張感に包まれながらも、間をしっかり捕られるか。バンド力が試される試練であった。

 

私はね、ほんと冒頭のような擦れた感覚をどこかで持ち合わせてしまった人間のため「結婚式」というものに対しても、どこか懐疑心を抱いてしまっている。

なので、参加した時にその視点が発動しないかとても恐ろしかった。

(つまりは過去の体験で発動してしまったということである)

 

しかし、打ち合わせの段階で流れをお聞きしたら、それらの不安は杞憂であった。

なぜなら…

 

お二人の理想とする結婚式がめちゃくちゃ分かる結婚式だったのだ!!!!!

 

できるだけ身内で、ちょっと"?"のある行程はカットして、だけれど場所はしっかり考えて、丁寧な気持ちが宿っている。

お二人のまるで嘘のない等身大なままの式に、全力を尽くしたいと思った。

 

式はあっという間に終わってしまった。

ほとんどは演奏に徹していたのだが、入場曲でガシガシとギターを弾きながらも「入場」するお二人を見て即うるうる。子役レベルのスピードで我ながら早くないか!?と思った。

それは打ち合わせから参加させて頂き、その過程を知っているからの安堵というよりも、うぉぉおおとこれまた言語化できぬ感動があった。

 

それにしてもかっこいい式であった。

司会である小島氏(の中の人)も言っていたが、結婚っていいものなのかもしれないな。

 

丸さんとおdと作った曲も皆さんに喜んでもらってとても嬉しかった。

矢張り、人の喜んでくれるモノを作っていきたい。

夏の軽井沢きは色んな天気があった。

 

あああ、散歩でもしてたらBGMが流れ出し、天空から胸を光らせゆっくりと影が降りてきたりしないかな。

寧ろ、ゆっくり降りる側でもいっか。

井の頭公園でそれは起こり得るだろうか。

いや、机の上だけか…。トホホ、夏。