尾張滞在記② 大須と古着屋
私のダウンコートは左腕だけが白い。もとよりそういうデザインだったわけではなく、中の生地が剥き出しになってしまった類いの"左腕だけが白い"なのである。
それは遠巻きから見るとまるでアームの様で、一部界隈から「ウィンターソルジャー(MCU参照)!」と呼びされる現象にまで至った。
別に人体実験や魔改造されたわけでもない。ただ己でえいっと引きちぎっただけなのである。
そんな徒らな動機であり、彼の背負う覚悟(左腕)とは甚だしく、恐れ多さは飽和量をゆうゆうに越している。
もうやめてやめて!と思いながら恥ずかしげもなく「もやし野郎ばかりだァ」と私はかましていた、
あの時の私を誰かやってくれ!!!!!
しょうがなかったのである。チャリンコで走っていた時に木の枝に引っかかり"微妙な破れ"が発生してしまった。
それはまあ見事に絶妙なみっともなさを演出するものであり、これは"バイト先などで「いじられ待ち」の雰囲気を醸し出してしまう破れ"でもあった。
そのやり取りで朝から相手に負荷をかけるのも申し訳ない。そして、毎度説明しなければならない空気に私は耐えられるか…。
その先に起こり得る相互関係の糸口をしっかり綴じる、そんな趣きで私は肩を軸に左腕の破れた上層部分を引きちぎった。
そうして、見事私の左腕は黒から白色と生まれ変わったのである。
その後、結局莫大なやり取りを生むことになったのだが、それにより生まれた"気づき"、いや"奇跡"というのもたくさんあった。
それから2年経ち、私はふと思った。
「え、良い加減どうなん?新しいの買ったら…?」。
心の呟きをもろに受けた。首の筋肉が自動で働き私はゆっくりと頷いていた。
「せっかく、愛知にいるし大須の古着屋で買っちゃうか……!!」
◯
前置きが長くなってしまったが、今回の旅(?)で大須へは4度足を運んだ。
これは3回目の時の話である。
学生時代、私はほぼずっとここで過ごしていた。
大須観音あたりから出発していつもの古着→雑貨→レコ屋を回りその足で大須の(勝手に通称)ヲタロードをぐるっと見てどて煮丼を食って帰る。
大学で絶対被らない面白い服があったり、リソグラフだったり当時の印刷物を物色するのがたまらなく好き。
それから、卒論は大須を題材に書いた。
精神的な側面でも、かなりバンド作りにおいてもこの街、商店街からは影響を受けている。
そう、散歩しながらふと思った。
当時ベースの丸山氏が教えてくれて、そこから通い色んな文化を教わったストリート系のお店に行ってみよう。
懐かしい。大須でしか見られない信号を待ち、公園に沿って聳えるビルに入り階段を上がる。
空は良い感じにクリーム色で当時を歩いている様な不思議な感覚すらあった。
「おー!久しぶりーー!かなり久々だよね!?」。
へっへっへっなんて謎の不敵な笑みを浮かばせ、私にとっての古着の姉貴と久方ぶりの再会を果たした。
ここのお店では当時HIPHOP、トラックの類いにどハマりした時によく通って、ストリートにおける文化について色んな知識や精神性を教えて頂いた。
自分はどちらかと言えばジャズ寄りの音楽をやっているが、精神はリアルヒップホップで行こうという意思が固まった場所である。
それを教えてくれた我らが兄貴は今は独立されて大須にはいない。
「新しい知らない文化に踏み込むには、まずはちゃんとしっかり傾倒すること」。
ハスりややこし雑念だらけの私にはズドーーーンと響き、未だに思い出す言葉である。
それは、めちゃくちゃ勇気を必要とする。しかし、だからこそ一度埋没できれば遊べる可能性の幅が広がるということだ。
姉貴との近況報告を終えて早速、今回の予算はこのくらいです!季節的にはこうこうこうで!こうこうこういう機能性があると嬉しいです!とお伝えすると、ちょっと待ってね!と店内と裏から数着持ってきてくれた。
本当に有難い。本来はディグるべきなのだが、ここでは私のサイズ感を知ってくれているためそこからチョイスしてくれ、またガチのおすすめポイントや仕入れた理由を聞けるのもまた面白い。
しかし、その時は訪れた。
試着をしていると、姉貴側から「ね」の子音「n」の音がこの世に生を受け──私はギクっとした。
「ね、あのさっきのダウンだけどさ…」。
この人達に絶対バレてはならない…!
引きちぎったなんて、きっと服への冒涜であろう……!!
私は挨拶の時点から左腕に気づかれぬよう、生まれた間という間を埋めまくっていた。
しかし、感じていた。そこに確かな空気感を──。
まさにあの「ね、」はその重い空気が孕んだ暖簾を捲り上げるような「ね、」であり、私もカウンター奥の大将としての立ち回りをせざるを得なかった。
私は素直に白状した。すると姉貴は言った。
「え、買い替えなくていいよ」
!?
「寧ろ、これ、やろうと思ってできない質感だし、この経年劣化こそが古着だと私は思っているよ…!」
!?!?!?
なんか、えっへん!ととんでもなく偉そうな感情が芽生えてきた…!
「これいっそ何かペイントしてもいいし、ワッペン貼ってもいいじゃん!!新しいの別に買わなくて良いよ!!」
え、まじすか…………!?
胸中はどよめいた。
無意識、無自覚だったが、スカウター越しで見たこのダウンの戦闘力がとんでもなかった様だ!!
私は最早超人の気分であった。The・超人クラス。これはウィンターソルジャーに匹敵する左腕だったのである!!(?)
これやったら面白いんじゃない!?とアイディアを互いに出しまくった。
しかし!その挙句「でも、新調します」と、"買うんかい"という絶妙な空気をまた作り上げることに成功し、また新たに幾つかのアウターが目の前に現れた。
その後、全ての条件を見事クリアし、デザイン的にもビビッときた一着があり、私は数年ぶりにアウターを買った。
会計を進めていると「でも、よかった!私も実はここを離れるんだよね」と、姉貴は独立した兄貴の元で働くことになったため、大須から旅立つという。
丁度良い折りで、新ギア(アウター)をゲットできて良かった。
また、場所が神戸の方だそうで、その近くには我々がずっと出たいと思っているライブハウス(?)がある。
これは頑張らねばならぬ…!!
両者強くなってまた再開しようと拳を打ち付ける様に店を出た。
旧ダウンじゃないし、自分の中での無意識、無自覚なものが実は個の結晶であったりするのかもしれない。
そして、第三者から掬い上げられたそのポイントを素直に受け入れて完成される"型"というものもきっと存在するのだ。
己の思う無色が、実はその人のでしかない無色であるということなのだ。
だから、人と会うということは大切なことなのであろう。(すぐ引き篭もるな!)
大須に眠る都市論を探っているとまさにそういった奇跡の連なりでしかないのでは、と当時感じたことを今回凄い思い出した。
その時代を偶々共に生きている人たちの何となく持つ「あれが好き!」による掛け算で、結果面白いモノや街が生まれるのである。
私は感覚としてはイニシエからあって、でも、まだ世の中に存在しない「なんじゃこりゃ!!」と色んな人の目の前が明るくなる様な面白いモノや空間を作り出したい。
尾張滞在記①カントリー
愛知は尾張小牧に五日間滞在している。
こんなに長く実家で過ごしていると、どんどんと実家顔に戻ってきている気がする。怖いぜ。
車窓に流れる町並みは変わらない。しかし、好きだったお店は無くなったりしているし、冷蔵庫に常備されていたブルーベリージャムもイチゴジャムになっていた。
弟に妹の部屋、それからリビング、玄関も新しい様相になっており時間が流れてた。
しかし、私の部屋だけは完全に時間に取り残されていた。
これぞポケットディメンション………!!!(MCUワンダビジョン参照)
私はその次元の異なる一室の床で眠りにつく生活をしばらく送った。
◯カントリー
そんな今回は学生の頃に参加していたカントリーの箱バンからギターのお声がかかり、一夜限りの復活(二度目)を遂げた。
先日どんな大学生活だったかと問われ返答に困ったが、ゲームとバンドとカントリーと言っても過言でない程にカントリーの現場に立っていた。
故に最後の夏休みはバンドメンバーかカントリーのおっちゃんたちとの記憶しかない。
潔く諦めた薔薇色の学園生活はもう手元の画面内で過ごしたのだ!hahahahaha!!!!!
しかし、そんな腐れ大学生を(しかもリードギター初心者の)起用してくださり、もう頭が上がらない。
あのカントリー漬けの生活がなければ今の自分のスタイルは無いだろう。
その感謝をどうしても伝えたかった。
それも言葉ではなく、フロアを沸かせることによって。
実際にどうするか。
カントリーの現場でフロアを盛り上げるために最適な項目は何かと考えた。
・曲の完コピ(できるだけ曲に近いと喜ばれる)
・ノット逃げの姿勢。もっていくカントリー。
・周りの音も聴いたゴキゲンなバッキング
(フロアでカントリーのダンサーをより躍らせる)
この3つを徹底できれば、それはもうフロアに嵐が巻き起こり、人間の根源的なの陽気なエネルギーで満ち満ちたハッピー爆破空間になるに違いない。
そして大切なのは、若い人がカントリーをやってる!という印象を破り「おん!!これよ!!これがカントリーよ!!!ひゃーーー(踊る)」を目指すのである。
おっちゃんに「もう抱いてぇ!!」と思わせるのだ。
それから2ステ25曲分の鬼の耳コピ地獄が始まった。
おたまじゃくしは読めないから追って捕まえて「ねえ!何の音なん!?」と聞く作業である。
ソロからバッキング裏まで、まずは手を抜かず全部さらって、その中で今回できる的を絞った。
ライブは無事終了──久々の長時間の演奏にヘロヘロになりながら来てくれた後輩に感想を聞きながらブリトーを食べた。
悔しい。結局練習通りはいかなかった。
ギターソロで音が詰まったり、ボリュームのバランスの感覚が掴めなかったり、部屋と同じ様にはいかなかった。
くぅぅぅぅぅ。
そう思っていたら「ハッピーバレンタイン〜!」と陽気な声に振り向くとカントリーダンスの姉さんがチョコをくれた。
アメリカの国旗の小袋に複数入っているチョコ。
そして表面には「お身体にお気をつけて」とシールが貼ってあった。
わ!通常じゃきっと出会う筈のないアイテム同士が一つに…!!
こういうバランス感覚にはキュンときてしまう。
中には何とも品のあるチョコたちが。
南無……、南無だよ姉さん方。翌日爆食いした。
次はもっと良い演奏をするぞ。
そんなどんより心情も少々あったが、これは明らかにカントリーやったっしょ!!??という瞬間もあった。
それがね、まさにフロアにも響いた感触があり、これは今までできなかった感覚だ。
そして、かなり掴めるものがあった。
また、ボスであるスティールペダルの蛇さんが珍しく「おい、バッキングは随分腕上げたなあ」と帰り際にお褒めのお言葉を頂いた。「バッキング『は』」の「は」を強く発音されていたが──
クリア!!!!!
なんとか「バッキング」はクリアできたようだ。
でも、凄く楽しかった。
場面によっては突然目線が走って「お前ここやってみろ」と指令が下り「ソロ」または「中間レベルのソロ」をやってみる。
するとスティールを見ながら笑っていたら、音に心酔してくれたりする。
というか、心酔してくれた様子は初めてであった。
あそこか、あの感じか。
そういう手応えが今回は沢山あった。
それからチーフより「めちゃくちゃカントリーになってきたねえ、欲しいとこで入れてくれるもんでよぉ、だいぶ練習したでしょ〜?」と。
だいぶ練習したよ!!!!!!!!!
けれど私は「まぁ、結構普段から曲聴いていたからですからねえ〜〜」なんて謎にすかしてしまった。
どこか後ろめたさもあったのか素直に照れることはできなかったが、しかし、ここも一つクリア。
今回のカントリー一夜復活ライブ(2度目)を経て、かなり演奏面や展開の持っていき方で見えるものと、改めてちゃんと修行しないといけない面が見えてきた。
この続きは赤坂編かな。ホゾを固めよう。
(つづく)
②大須の古着屋
③人間
④ドライブ
ゴルファー歯科医師との邂逅
痛みに無頓着である。
日頃から偏頭痛に苛まれているため、痛みを誤魔化すことには慣れている。
伴う痛みもあたかも感じない様にして日々を淡々と過ごすことが二元性を生み出し、「いき」となるのだ。
虫歯ができてもある一定の痛みを超えると何も感じなくなる。
また身体だけでなく、スマホやその他電子機器、衣類だってそうだ。
ある一定の"壊れボーダーライン"を到達したその先は、もう客観性を捨てる覚悟でただ心中するまで。
そう言えば、思想の強い作家の様にも感じるが私はただの面倒くさがりマンなのである。
遡ること去年の話。物という物が年明け早々から春夏秋冬を追う様に次々と機能を失ってしまった──モニター、iPhone、iPad、PC、iPhoneシーズン2、シーズン3…。
高校の時からという竹馬の友である6s plusもついに致命傷を食らってしまった。
持ち運び充電器により延命を続けていたのだが、もうダメになってしまい、本当の終わりを知った。
その物が壊れていく様を見て「身体が壊れる前の暗示かもよ?今は身代わりになってくれてるだけで、危険信号かもしれないよ」と注意をもらった。
ううう、、、なんて健気で可愛い子たち……私のために犠牲を払って……。
そんな悲劇はこれでおしまいだ…!!
そうして夏頃からなけなしの金を叩き黄色いiPhone11をゲットし、その他機器は有識者よりお借りしながら何とかして去年を乗り切った。
驚いた、iPhone11にした途端人とちゃんと連絡を取り合えるなんて。それはもう奇跡に感じた。(当時迷惑をかけてしまった方々、すみません!!)
こうして去年は何とか物の環境を最低限だが整える事ができたのだ。
それ以降は何も起こっていない。
そして、今年1月某日、右奥歯が欠けていることに気づいた。
というか、上部の親知らずが突如として成長を果たし、奥歯に食い込み始めた。
はっ…!これも何かの暗示…!?
新年早々今年のテーマが決まった。それは「身体を整備する」だ。
どストレート。ザ・どストレートだ。
毎年ノートに貫くべくテーマを書き殴っていたのだが、「身体を整備する」というシンプルな1行はあまりにもこのノートから浮いて見えた。
しかし、そういうところに目を向けるのが今年である。
それから、ひっくり返したちゃぶ台も何とかしなければならない。
その手始めに行くのはそう、歯医者だ!!!
この奥歯の欠けは何とかしなければならない。
上京して3年ほど経つが、まるで治療関係へ出向けていない。
今まで敬遠していた理由は勿体ないから、という危うい精神であった。
「治療で金が減るなんて…、だったら本や漫画を買いたいわ!だったら痛みも我慢するわ!」という己の精神をポキッと折って、それを両手に握りもうスキーの如くいい滑り出しを切り歯科へ向かった。
ガチャっと扉を開けると看護師さん一人のみが受付に立っている。
待合室はというと、狭い玄関とそこから伸びる狭い通路のみ。
左手に扉があり、その先に一室だけがあり、まるで一家をリフォームしたようなこじんまりと歯科であった。
びびりな私は「親知らずの抜歯」へと事が進まぬように、歯が欠けたことを最優先事項に伝えしばらく待っていた。
すると名前が呼ばれ長い椅子に凭れ、「少々お待ちください」とまたしばらく待つことになった。
ああ、きっと怒られるんだろうなあ。
「この欠け方さ、なんでもっと早く来なかったの?わかってる??」うう、言われそうだ…。
それから「表面は綺麗なんだけどさ、歯と歯の間や見えない部分がね、ほんと汚ねえ」とまさか己の性根までも暴き出され虫歯よりも大切なことを指摘されるのが歯科である。
私は懲罰椅子と化した台に身を拘束されながら、目の前で流れる新春バラエティ番組をただ流し見た。
それから、しばらく待ったのだが「あれ、医師来なくね?」。
それは最早父親の帰りを待つ子の心情に近かった。
すると案の定、車の駐車する音が聞こえた。
「すみませんー!おまたせしました」
少し慌てながら入ってきた歯科医師はあまりにも歯科医師然としていない格好で本当に父親が帰ってきたと錯覚してもおかしくなかった。
どう見てもゴルフ帰りっぽい。打ちっぱなし帰りか。ポロシャツに白パン。
いつからマルチバースになっていたというんだ…!
かなりラフな格好の医師がこちらに器具を持ってやってくる。
これはいよいよ、本当に何かされるのではないか。
奇しくもその勘は当たってしまった──親知らずの抜歯である。
「今日ですか?」と一応聞いてみた。
「うん、今日だよ」と表情は影になって見えないまま、落ち着いた声色だけが近くで囁かれる。
私は思わず言ってしまった。
「今日、その勇気だけは持ち合わしていません」
すると、また同じ優しい声色で「うん、大丈夫だよ。うちの麻酔は細いから何も感じないよ」と囁かれた。
嘘こけ!!!!!!!!!!
ゴルフ好きのおじさんが!!!!!!
こんなリビングで何をおっしゃい!!!
嘘だ!!!!!!!!!!!!!!!!!
リビングでマッドなおじさんに優しい声色で懲罰椅子に括り付けられ、私はその時初めて思わず身体を相手に許してしまう女子の気持ちが分かった気がした。
──「お願いします」
ただ、かなり財布様は翳っていた。
もうどうにか3,000円には収めたい。
私は直前で交渉に出た。
「すみません」
そう開口した声色が先ほどとはまるでキャラクターが違って、その差異にぴたりと空気の流れが変わったことを発した自分含め全員察した。
看護師さんも思わず聞き入ってしまうようなやり取りを何とか済ませ、無事、お互い相違のない信頼関係を結ぶことに成功して、抜歯は本格的に敢行された。
「では麻酔しますね〜」
なぜかバラエティからニュースに変えられた。
なんで!?誰かチャンネル貸して!!とでも叫びたかったが、私の奥歯には針が刺されていた。
この時にニュースはやめてほしい。気が持たないのである。
普通に痛えじゃねえか。
しかし、私は知っている。こんなのいっ時のことだということを。そのボーダーすら超えられたら、もうそこは虚無なのだ。
2本目からはもうその域に達していた。いいよ、幾らでも来い。
最早、眼下に位置するライトで偏頭痛はフィーバー状態に盛り上がり、無の境地にも響かせる叫びというものも存在するのだなと知った。
しかし、流石プロである。さっきまであった親知らずが隕石でも落ちたかの様なクレーターになっている。
「歯は持って帰る?」と聞かれ私は即答で「ふぁい」と発した時に己の痺れを自覚した。
「それじゃあこれ咥えて待っててね」とガーゼを奥に詰め込まれ、次の訪問者がやってきてゴルフウェア歯科医は次の治療を始めた。
それから、言い渡された時間の2倍私は懲罰椅子に括られ、よだれ玉と化したガーゼを何とか余る顎の力で噛み締めながらただただその合図を待った。
しばらくすると「うん、じゃあ外してもらってって」と作業をしながら看護師に囁き、看護師さんが正しく私に告げてくれた。
これでやっと正常な息を取り戻したのだが、ちょっと……
ちょっと!!!なによ!!??
最後までさ、ちゃんと、丁寧に扱ってくれっつーの!!!!!
雑なゴルフ好きの歯科医め!ふんっ!!
そう私は扉を強く締めて帰ろうとすると優しい声色に袖を引かれた。
「これで奥歯まで綺麗に磨けるはずだよ。
欠けてた奥歯もまだ早い段階だったから大丈夫。
普段上手に磨けてても、あそこは届かなかった場所だからね。また一回見せてね」
べ、べつに………
べ、別にアンタに優しくしてほしいってわけじゃないんだからね!!!???
でも、アンタがそう言うならしょうがないわね。
んもう、来てあげるわよ!!
ふんっ!と扉を強く締めて会計へ進めた。
「では会計が…」に一瞬差し込まれた「…」を私は見逃さなかった。
頼むぞ、看護師さん。結んだよね??
「3,800円になりま〜〜〜〜〜っす!!」
おい!!!!!!!!!!!
詰んだじょねえか!!!!!!!
一瞬で土屋慈人に戻った。危ねえ危ねえ。
思わずゴルフウェア歯科医に調べ教わったツンデレ女子のまま街の闇夜に帰るとこだったぜ。
しかし、あのプラス800円は何になるんだろうか。
矢張り、ゴルフ用品……?
そう妄想しながら帰路につき、違和感より快適になった奥歯を確かめながら今年を考えた。
百均で渋ってんじゃねえ!という学び
休みの日が来るといつも思い出す。
あ、紅茶の茶こし器買わなきゃ。
叔父さんから茶葉を随分前にもらったのだが、茶こし器(調べたらストレーナー)を未だに入手できていない。
きっと茶こしで飲んでも美味いのだろうが、折角良い茶葉なため封をあけずとってある。
よし、今日こそ買うぞ。
そう意気込み私は吉祥寺へと踊り出た。
そんなんロフトに行けばすぐ買えるっしょ?
そうお思いの貴方、喝ッッッ!!!!!
それはそうなのだが、何千円とするではないか。
それはあまりにも身の丈に合っていない。
そして、私は噂で聞いたのである。
百均にごく稀に茶こし器が現れると。
これはもうね、色違いポケモンを探しに行くに等しいわけである。
(これできっと私の腰の重い所以を察したであろう)
昼を過ぎた曇り空にスンとした面で屹立しているヨドバシカメラ。
今日こそはあるんだろうな…!?と私は睨みながら腹部へと入り込んだ。
無い。やっぱり無い。
コーヒーミルなど、エスプレッソの何かする特殊な棒など、レアアイテムが少量陳列されているも、無い。
くそう。こうなったらもう茶こしでいっか。
先程までのこだわりは何処へといった調子で、それを念頭に店を回った。
ヨドバシの上にあるダイソーはかなり広大で、並ぶ便利グッズの山々の一つ一つに自分が関係しているかどうか確かめながら歩いた。
割と関係ねぇやってものが多いのだ。
そして、私は以下のアイテムの購入を吟味することにした。
・冷蔵庫に紅茶をストックする用の容器
・部屋用スリッパ
・(良いのがあったら)マグカップ
よし、さっと買って帰ろう。
さっき図書館で借りた本も読みたいし、スプラのアプデもやんなきゃだ。
さあ、購入祭りじゃ〜!
その時の私はまだヨドバシに永遠の悪魔が潜んでいるなど知る由もなかった。
あ〜、容器、これねえ。
でも、百均のって、何か心配だなあ。
なんか可愛ゆくもないしなぁ。
無印の方がもしかしたら良いかもしれない。
保留!!
ああ、スリッパねえ。
当たり前のことだが、サイズはないから足先が貫通できるやつでぇ。
でもまって、部屋しばらく掃除機かけてないし、今買っても汚れるだけじゃね?
保留!!
マグカップねぇ。
家にあることね?
何かこの探してる時間でアニメ1話見れたことね?
保留!!!!!
………
おい、百均で渋るな………。
まあ、そうなのである。私は百均でさえも渋る人間なのである。
間違えたく無い。100%で当てて買いたい。
百均での敗北ほど虚しいものはない。
私は諦めた。
下に降りるボタンを押して、帰れるかわからない8階にて震えていた。
そんな時、背の方で颯爽と歩く人影が見えて、反射で振り返った。
すると、ぼんやりと「良さげ」な店が視界に入った。
よし、行ってみよう。
複数の悪魔の手を払いそのお店へ向かった。
なんだここは!!!
先程のダイソーから一気に情報の数が削ぎ落とされており、店内のBGMも音楽をやっている身からこんなこと言うのもなんだが、未来的な洒落っ気がある良い感じのものであった。
ここは上位互換のダイソーであった。
謂わばオトナダイソー。
店員さんの雰囲気も大人っぽい。先輩であろう女性スタッフがタメ口で後輩の男子スタッフに納品の数の愚痴を話している。
その二人の絶妙な温度の差がコントよりも「あざとくて何が悪いの?」の間合いで、こっそり見てしまった。
そして、茶こし器はなかった。
しかし、オトナストック容器に、オトナスリッパ、そして可愛ゆいティーポットがあった。
そして、なんと茶こしつきのマグボトルという水筒も存在していた。
容器がほしいのも、バイトの時毎度コンビニでアールグレイを買ってしまうため、部屋で常備して出かける時は水筒に入れて持っ行き節約を図るというのが目的であった。
それ故に、茶こしつきのマグボトルは光って見えた。
どうせ何に関しても壊れても使えなくなるまで一生使うであろう。
なば、プラス300円は可である!!
さあ、店内に跋扈す最高アイテムを今かき集めるのだ!!!!!
え!?なんこれ。
形もいい感じに可愛ゆなストック容器!!
500円!買い!!!
ああ、スリッパというよりもルームシューズね。
300円!
買い〜〜!!
え!?なんこれ、ティーポットも良いけど、この取手の付いてないマグも良いぞ…!!
ああ、一旦保留!!
さあさあ、この茶こしつきのマグボトルね。
ああ、500ml無いのか…。
他は?お!700ml!!これはアツい!!
え、でもまって、重くね?
まあ、洗えばペットボトルでいっか。
無し!!!
あれ、ティーポットもさ、あれだなあ。
やっぱ茶こし器で飲んだ方が絶対数は高いだろうし、妥協じゃね?
マグも良いけど、買うならいっそある程度食器を揃えるくらいの覚悟があった方がよくね?
却下!!!
カゴはだいぶ軽くなっていた。
もう、ルームシューズと容器とディフューザーしか入ってない。
………
………ディフューザー!?!?!?
あ、そうだったそうだった。
アロマディフューザー【アールグレイ】が500円で売っていたのだ。
私には【アールグレイ】と書いてあるものは無心でひとまずカゴに入れるきらいがあった。
サンプルの香りは近くも遠くもないような、アールグレイの香りがして、買い〜〜〜!!!となった。
ここまで来ると脳も馬鹿になるのである。
部屋がアールグレイになるなば、水飲んでもそれはもうアールグレイを飲んでいることになるんじゃね?
でも、実際アールグレイはクッキーが好きなんだよな。茶葉を小麦粉と焼いておくれ。
だったら、無印か西友に行くか?
ああ、もう時間がどんどんと溶けていく…。
結果、ストック用の容器、ルームシューズ、アールグレイをレジを通した。
しかし、思ってしまった「あれ、容器って結局持ち運ばないし、百均でよくね?」と。
店員さんに大謝りしてストック用の容器をすすすと元の場所に戻してレジへ再度向かった。
買ったな。
右手にルームシューズ、左手にはアロマディフューザー【アールグレイ】。
………アロマディフューザー
………【アールグレイ】!?!?!?
へいへいへい、絶対後悔するぜ?てか、その前に部屋を何とかしようぜ。
頭の上にいる仙人にタコ殴りにされながら帰路についた。
街灯の減っていく道の中で、ふらっと見ていた収納系のことを思い返していた。
もっと工夫したらよりすっきりした部屋になるんだろうなあ、と思いながら飽和状態の部屋へ帰る。
しかし、収納するっていっても実際何をしまおうか…と部屋を思い返すも特にしまうものがない。
溢れているのはなんだ…?
本本本漫画漫画雑誌雑誌。
そしてマウントレーニアの墓たち。
本棚じゃん!!!!!必要なもん!!!!!
そして、捨てろ!!!
(朝、目覚めると白雪の7人の小人の様に私を囲んでいた……)
帰宅後、俯瞰して部屋を見るとやばかった。
特に鬼の様にマウントレーニアの墓が綺麗に並んでいる。
コーヒーを一時解放したとんにこの様である。
よし、捨てよう。
その後、クイックルワイパーで泣く様に綺麗になった床にルームシューズをそっと置いて思った。
絶対に履けない!!!!!!!!!!
トンネルでいう出口の幅が足りない。
なぜならアタイは31cmの持ち主なのでね。
27cmも出口の幅さえあれば地面から身を守ってくれるというのに…トホホ。
ダイソーにて2時間弱を溶かした挙句稼働しているのは、アロマディフューザー【アールグレイ】だけであった。
ザ・本末転倒⭐︎
ハッピー虚無⭐︎
結果的に言わせてもらう。
アールグレイしか勝たん。
※尚矢張り胡散臭くて封印中
百均で渋ってんじゃねえ!という学びであった。
USの友達と焼き肉食べ放題
アメリカの友人と焼肉を食べに行った。
もっと詳細に言えば幼馴染だけどカルフォルニアにずっと住んでる(夏だけ日本に来てた)友人とその仲間たちと焼肉食べ放題へ行った。
再開するのは彼女が日本に留学していた3年前以来だ。
友達も一緒なんだけど日本に遊びに行くからご飯でも行かないかとラインが届き、私は嬉しく即答した。
しかしそれから、刻々とその日が近づく度に些細な不安が募る。私は思い出したのだ。留学中の彼女のストーリーズ(インスタ)を──。
もうね、もう兎にも角にもイケイケだったのだ。
多角的に敷き詰められた青がかったガラス張りの空間で爆音が反射しまくっている。
幼馴染あるあるなのか、今や住む世界線がちょっと違うということだ。
しかし、問題なのはその場に馴染めるかどうかではない。それ以上にその場の空気を壊してしまわないか。また、変な空気を無意識に醸し出してしまい気を遣わしてしまうのではないかといったところの不安たちである。
それとは裏腹にその日はあっという間に訪れた。
集合場所は原宿。さあ、私もついにあの画面の向こう側へ行く時が来たのか……!
私はそっとほぞを固めることに成功し部屋を出た。
そう、その時の私は僅かな勝ち筋を見出せたのだ。
あくまで、この日のメンバーは彼女と彼女の友人達(アメリカに住む)だ。
彼らは尾張出身の私の身など知る由もない。
つまり、その日私は変幻自在に立ち回れるということである。
ふはははははははは。待ってろ、原宿。
もういっそアゲアゲのアゲのテンションで臨もう。
「Hi〜!!!」とみんな、どう?やってるかー!?☆くらいの自分を目覚めさせ加勢しよう。
そんな気合いは靴に備え付けられたジェット機の様、私は勢いよく位置情報を確かに飛んで向かった。
その結果、この原宿焼肉食べ放題は終始、かなり落ち着きのある良き時間であった。
肉も美味い、そして幼少期の懐かし話に花が咲き普段は飲まぬビールまで頼んでしまった。(調子乗んな!)
小学生の頃、夏になると彼女とその妹の姉妹が実家の近所にやってきて、その家庭(おじいおばあちゃん)が喫茶を営んでおり当時そこでずっと遊んでいた。
今思い返せば愛知県ならではの粋な空間であった。
日本に無いゲームを持っていたり、見ない飲み物を飲んでいたり、英語でめちゃくちゃに喧嘩していたり、上の階にファミコンがあったり…。
そういうことに関する記憶力だけはしっかりあるのだ。
かなり流暢になった発音で「なんでそんな覚えてるの!?」と皆んなで笑いながら焼き肉を食べた。
しかし!!!
予期せぬところに問題が発生していた──。
みんな、食べ放題なのに全然頼まない!!!!!
え、こんな頼まないの!?
食べ放題だぜ!?
食べ放題なんだぜ!?!?
もう食べ放題という言葉に拘っているのは私しか居なかった。空気を見れば即わかってしまった。
もう皆はその外側におり、小粋に酒を嗜んでいる。
我慢できない、米が欲しい。
私はへらへらしながら、大ライスを頼んだ。
突然あらわになった己の食欲に引きながらも、その客観性すら打ち砕き奥底で黒光るサムライソウルを表に貫き通した。
最早この会における"心配"の主題は変わっていた。
さあ、この落ち着いた状況下で如何に肉をたらふく食えるか、いや注文できるかどうか、だ。
人間というものは怖いものである。
それまでは「空気を壊さないように〜」「気を遣わせないように〜」と清らかな佇まいでありながらも、無限の肉を目の当たりにした瞬間、修羅と化すのだ。
「さっきの美味しかったよねぇ〜また頼もっか〜」と共感を得ながら別の関係のない肉を間にこっそり頼む。
それを繰り返していたら、いつの間にかテーブルには大量の肉がのたうち回っていた。
挙句の果てには冷麺とラーメンまでもが跋扈している。ふはははは。
最強のテーブルの完成である。ようこそ。
そして、案の定限界というものは早速訪れるものだ。
周りはもうギブアップ、しかし私はそんな素振りを見せるわけにはいかない。
なぜなら私しかほぼ頼んでいないから!!
なぜかその時、私は日本を背負っている感覚に居た。
しかしながら、私の据えている精神は「食べ放題なば腹を壊すまで!!」だ。さあ、勝負をつけよう。
阿鼻叫喚の食べっぷりに流石のジャンキーたちも目を丸くしていた。
しかしね、ここまでの雰囲気で何となくわかるように、その仲間達は本当に凄く優しい方々であった。
私も思わず素の溌剌を全開に話してしまった。
何故なら「音楽」「ゲーム」「アニメ」といった話せる共通項があったからである。
それは最早"ボイチャ"なのである。
※ゲーム中のボイスチャットなら誰とでも話せるスキルが身についている…
店を出て街のイルミネーションの前で写真などを撮った。私も全力で映った。
それから、散歩しようと歩いていたのだが、その時にはもう彼女の彼氏とその親友とずっとアダルトスイム(日本で言うキッズステーション)の話で盛り上がっていた。
幾千もの光りが身体に流れ行くなか「ん?」とふと思った。
あれ…??
おれ英語喋れてんだが。
あれ!?べらべら英語で話してね!?
「このアニメの監督はあの監督の後輩にあたる人でその文脈込みで良いんよ〜」「見る人によって好みは変わっちゃうかもしれないけど、おれはめっちゃ好こ。絶対に見てほしい。」
私は英語で話していた。流暢でなくとも、ヲタ同士の速度での会話が成り立っている…!
最終的には友人の彼氏の親友の彼女さんと70年代の音楽の話で大盛り上がりした。
その後、渋谷のドンキーでひたすらお土産&おやつ用のキットカットの限定の味を探して紹介しまくった。
なんか帰国子女の人が留学して「感覚が変わった!」という話が少し腑に落ちてしまった。
敬語が無い文化が、矢張りいつもの日常と違って凄く面白かったし楽であった。
だからといって近すぎない。敬語がないからこその「礼儀としての距離感」というものがまた絶妙なものであった。
つまりは「失礼にならないか…!?」と気にして外堀を埋める労力が不必要で0か100みたいな、上手く言語化できないが、それが楽しかった。
そして一番この時あ!と思ったことがある。
それは、この時は相手もアニヲタで制作会社についてまで語れる人だったという稀なケースであったが、本当に好きで伝えたい奥底にあるものってフィーリングの方が絶対的に伝えられる、そんな気がした。
説明や小細工などは寧ろこの場合無粋な気がしてしまった。
明治文学ばかり(をちょこちょこ)読んでいた自分にある粋を改めて見直さないとと一寸焦った。
その後、渋谷を歩いていたら一蘭を見て「早朝に行ったわ〜」と言う彼女にイケイケじゃん!!とちゃんと突っ込むことができた。
するとあん時はね〜と笑っていて、何か全てがおもしろく綺麗に落ちがついたようで嬉しかった。
今度は私がカルフォルニアに遊びに行きたいなあ。
高校の頃から
愛知への帰省はライブがある時のみと決めている。
あくまで音楽の時だけという意である。
故にあまりゆっくりできないが、この午前だけは何とかして行きたい場所があった。
それは高校の時にスタジオ利用で通っていた児童館である。
当時お世話になった方へどうしても新譜CDをお渡ししたかったのだ。
実家は尾張に位置している。生活している尾張から帰省する尾張になった途端、空気の粒子は様相を変える様に白むようになった。
まるで白昼夢のような、別の時間軸のような。
なんだかいつも不思議なのである。
CDのボリュームを下げて車を止めた。外の空気を身体に流して伸ばした。目の前の見上げる児童館、それはそれは懐かしいものであった。
2時間500円で借りられる。今考えるとなんとも優しすぎる値段。設備も充実しており、よく利用させてもらっていた。
そして、そこで出会ったのが児童館のドンである坂本さんだ。
自動ドアを進み低い靴箱にかがんで置く。名簿を記入して事務所を見回すも坂本さんの姿はなかった。
しかし、耳を澄ますと遠くでギターの音がする。それを頼りに懐かしい板を踏みしめ辿る。
児童館に響くギターの音は、この身体はオートで歩かせる電波信号のようであった。
奥の机の広がるスペースに頭にはバンダナを、迫力のある身体にハッピを纏った、当時と変わらぬ坂本さんが座ってギターをつま弾いていた。
「おお!土屋くん、久しぶりだねえ!!」
少し泣きそうな再会であった。私も椅子に腰をかける。
機を流すor謎のシャイを発揮して逃してしまうとまずいので、出会い頭レベルのタイミングでCDをお渡した。
「そうかそうか、あれからずっと音楽続けてたんだねえ。でも、当時から土屋くんから感じるものがあったんだよねえ」
坂本さんは嬉しそうにしてくれ、当時の私の印象を話してくれた。
なんと、興味を持ってる音楽に、ギターの選び方からこいつは一味違うぜ…!と思ってくれていたそうだ。なんとも有り難く、そして恥ずかしい。
しかし、胸中で飼い慣らすミーハーなリトル土屋はというと…
((わーー!!やたーーー!!なんか、え、凄い良いオリジンストーリーじゃない……!?あの時の自分ナナナナイス……!!))
痛いほど浮かれ跋扈していた。
すると坂本さんは続けた。
「最近さ、かつての土屋くんのような子が来たんだよ」。
おや………?
かつての私?
きっと「凄い華があってさ〜」などといった導入ではない。長年土屋をやったいたら察してしまう。
胸中のリトルさえ((おおおん??どゆ感じで…??))と分かりやすく緊張していた。
伺ってみると「そうそう!こう、内に悶々としたものを抱えている少年がさあ〜!」と坂本さんは続けた。
やっぱかぁぁぁそっちよね〜〜〜!!!
いやいやいや、でも光栄なことだ。明確に当時のことを覚えてくださっていたことは凄い嬉しいことだ。
それにそこを見抜かれていたのは流石恩師である。
「当時からさ、話し方も雰囲気も凄く落ち着いているけど、何かこう悶々と内にエネルギーが飽和してるようなさ」坂本さんは話してくれた。
その少年にはその近いエネルギーを感じるとのことだ。
今思うと矢張り吐口というものは大切だ。どうにかして成仏していかない限り溜まる悶々は解消されない。
その少年も音楽をその突破口として見出せたと聞いてホッとした。
その話を聞いた時に、私も彼の様に坂本さんが作ってくれた環境や会話によってあの当時救われていたんだなとハッとした。
このハッはかなり衝撃的なものであった。
坂本さんも相変わらず戦っていた。「児童館をよりおもしろくする」そのことだけを切に、戦っていた。
見たことも聞いたこともない展望を本当に現実に繋ぎ止めるため、たくさん勉強もされ会社まで立ち上げていた。
それが町の人にも響いていて、まあ兎に角そこも含めてかっこよかった。矢張りモノづくりの人だ。
無い場所は矢張り作るしかないのだ。
当時、坂本さんが鳴らすギターのリズムが凄くカッコよくて、聞いてみたら「おっちゃんグルーヴ」と教えてもらったことがある。
それから、しばらく経ってそれが細野晴臣の「チャンキーなリズム(おっちゃんのリズム)」に繋がった。
あの時のやり取りがあったからこそ存在する今の世界線だ。
どこで分岐点が起こっているか、渦中ではわからないものである。
そして、この日の会話からもまた一つ果たしたい事が生まれた。
私もね、負けちゃいられない!!
その夜、今池得三での終演後にバンドスタート時から見てくれており、かなりお世話になっている方とかなり久しぶりに再会ができた。嬉しかったぜ。
すると「そいえば!さわまんのラジオ聴いたよ〜!あの友達もいなくて悶々としていた土屋くんがまさかお茶友達ができるとは…!!」。
おいッッ!ここでもか…!!
まさか1日に2回も言われるとは…!である。高校時、大学時も悶々々。
こればかりはしょうがない、思い返せば当時仲良かった人を思い返しても、みんな悶々としていた。
きっと私の持つ悶々を感じ取ってくれた人も悶々と戦っている。みんな絶賛悶々中なのである。
しかし、それこそ深夜に悶々として散歩していたら偶然澤部さんとばったり遭遇するといったとんでも奇跡は起こったのだ。
そう考えるとこの悶々地獄も悪いものじゃないぞ。わからないものだ。
これを読んでくれているあなたもその渦中にいるかもしれない。
大切なのはそれで如何におもしろいものへと展開できるかどうかだ。
「プレゼントだと思うしかない」と朝井リョウも言っていた。
だからこそ、紐解くべきなのである。
遠征からしばらく経ったある日、近い振動数を持つある方と出会った。
似たもやもやを抱えており、それを糧に変えてやろう…!と吉祥寺の一角でエネルギーが静かに渦巻いた。
楽しすぎるぜ。
次の自分に渡すための
挨拶回りでタワレコ渋谷店さんへ訪れた。
ポップを書く時にただ自分のコメント書くだけならSNSで告知する時と一緒だ。ならば、店舗だからこその何かできないかなぁと考えていた。
そこで思いついた「MV一緒に見て頂けないでしょうか作戦」。なんとも図々しき提案だ。
しかし、店長さんにMVを見て頂き純粋に音楽と映像の感想を訊いてみたかった。
そして、その感想をポップに書いて頂けたら、より客観性も伴ったおもしろいポップになるのではないか…!と思ったのだ。
ところがどっこい、お店の混み具合も伺いながら、もし店長さんが動けたらだな…、なんとも図々しいお願いだが、舌を噛む思いでお願いしてみようか…と悩んでいたらお店に到着していた。
担当してくれた店長さんはとても優しかった。
その提案にも快く乗ってくださり、沢山感想も話してくださった。
「ルーツがディズニーにあるんですよ」と話すと、少し何か言葉を選ばれているような一瞬の沈黙の後に「やっぱですか…!」と店員さん。
控えたほうが良いかな?と言えなかったのですが、凄く子供向けな音楽にも感じました、と話してくださった。
やったぜい。今作はその方向性も託してあったのだ。
最近お子さんがテレビをよく見ているそうで、聴く音楽も必然的に子供番組の曲ばかりだそうで、そしてその音楽がかっこいいと店員さんは言った。
私もその番組をTVerで見ていたので盛り上がり、内側の物と外側の反応が一致して嬉しかった。
また、アイドル界隈にも精通されている方で話題は尽きず、ポップにも感想を描いて頂けた。
おおお、本当にありがたいことに凄く順調におもろな方に進んでいる…!
ポップが完成して、写真を撮りましょうと場を移った。
そして、内面事件は突如として勃発する──。
温かみのあるポップとにぎやかなジャケの新譜を手に持ち少しかがんだ。
はい、いきま〜す!
パシャッ!
ああ、普段バイト帰りに通ってる渋谷店にまさか置いてもらえるとは…!これは嬉しすぎる…!しかもタワレコなんて学生の頃から通ってた場所…!ありがたや、ありがたや…。
「こちら確認お願いします〜!」とウキウキで店員さんの手に収まる画面を覗き込んだ。
………暗い。
表情が、非常に暗いんだが!!!!!
え!なんで!?こんな心弾んでいるのに!
思わず「暗いっすね…」と独り言を放ってしまった。
すると店員さんは「ここ照明がよくないなもですね〜」と光量の話に切り替わった。
あっ!そっちもある!あ、たしかに!それかも!
私は胸中に転がる何かを遠くへ蹴っ飛ばした。
場所を移動して、また少しかがんで体制を整えた。
はい、いきま〜す!
パシャッ!
今度はより光量のあるポジションに移り、マスクも外して丁度良い塩梅の口角の上げ具合を試みた。
うん、これできっといい感じにな
暗い!!!!!!!!
暗いーーーーー!!!!!
なんでーーーーーーーーーーー!?
ハッとした。
昨日久々にゲームを6時間以上やったんだった…。
それもほとんど人と連絡も取らず。
え、実際に関係する…?
しかしながら、写真には明らかにthe・出不精アルカイックスマイルな自分が映っている。
一歩も外に出ず長時間ゲームをすれば、プレイングが戻れど比例して表情はこうもなってしまうのか。
トホホ、もういい!3回目を頼める身の程でもない!これでしょうがないだろう…!!くぅぅ、、、!
その後ネットに上がるだろうその表情に手を合わせながらその場を後にした。
ここまで付き合ってくださり「そんなことないですよ!」とフォローまでさせてしまった店員さんに菓子折りでも渡したい気持ちだ。
その後、移動する電車に揺れる中、なんで凄くショッキングだったのだろうかと考えた。
きっと客観的に見たらそんなに気にする程ではないのは分かっている。ならばいっそ、なんでこんなに内面世界がざわついているのか。
考える中で思い当たる正体がわかった。
それは、自分の内面の感情と外側の雰囲気の落差が予想以上に凄かったということであった。
胸中で蹴っ飛ばしたはずの物がまさに後頭部にクリティカルヒット!!アウッッチ!!!
たしかにライブ後やバタバタしている時の表情とは違った。通常時ほど過度すぎぬ程にスイッチをオンにすべきだったな。表情に限らず、こういうことって他にもあったりする。
つまりは、時によって"擬態をする"ということが大切だということだ。
これは、普段下向きなあなたにも、思わず明るくしすぎてしまうあなたにも言えることかもしれない。
擬態をすることにより、開ける運命線があるのかもしれない。
思い返せば、高校デビュー、大学デビューもまさに擬態をするレッスンだったのかもしれない。
冷笑社会に負けた当時の私は冷めた目で見てしまっていた。しかし、かつてそこをくぐり抜けてきた同級生たちは最早次の生活に居たりする。
一方私はタワレコにてthe・出不精アルカイックスマイルを決め込んでしまっているという話だ。(ファーーー!)
そこで、私はこの私で行く!!と開き直れたら良かったが今回はなぜかそうはいかなかった。
壮大すぎるかもしれないが、後の己の運命線を分けられるような事に感じたのだ。
おーーい!と遠くでぼやけた次の自分に何とかバトンを渡すには、きっとその擬態を繰り返すことが大切なのだ。
普段下向きでも前を向くように擬態してみたら、自分にある普遍的な自信にふと気づくきっかけになるかもしれない。
また、思わず明るくしてしまう時にも擬態で照れずに真剣さをより出してみたらチーム内の動きにも影響が出る可能性だってある。
もう、そんなんとっくに気づいている人ばかりなのかもしれない。
しかし、タワレコの店員さんと最後に話した約束を実現するためにはそれが大切だと思った。
とは言ったものの、写真写りに関してはそんなに変化は現れないかもしれない。
しかし、運命線だけはちゃんと引っ張っていけるように奥底にある自然をちゃんと表に出していきたい。