こしあん日記

MURAバんく。の土屋のぐるぐるとした日記である。

ゴルファー歯科医師との邂逅

痛みに無頓着である。

日頃から偏頭痛に苛まれているため、痛みを誤魔化すことには慣れている。

伴う痛みもあたかも感じない様にして日々を淡々と過ごすことが二元性を生み出し、「いき」となるのだ。

 


虫歯ができてもある一定の痛みを超えると何も感じなくなる。

また身体だけでなく、スマホやその他電子機器、衣類だってそうだ。

ある一定の"壊れボーダーライン"を到達したその先は、もう客観性を捨てる覚悟でただ心中するまで。

 

そう言えば、思想の強い作家の様にも感じるが私はただの面倒くさがりマンなのである。

 


遡ること去年の話。物という物が年明け早々から春夏秋冬を追う様に次々と機能を失ってしまった──モニター、iPhoneiPad、PC、iPhoneシーズン2、シーズン3…。

高校の時からという竹馬の友である6s plusもついに致命傷を食らってしまった。

持ち運び充電器により延命を続けていたのだが、もうダメになってしまい、本当の終わりを知った。

 


その物が壊れていく様を見て「身体が壊れる前の暗示かもよ?今は身代わりになってくれてるだけで、危険信号かもしれないよ」と注意をもらった。

ううう、、、なんて健気で可愛い子たち……私のために犠牲を払って……。

そんな悲劇はこれでおしまいだ…!!


そうして夏頃からなけなしの金を叩き黄色いiPhone11をゲットし、その他機器は有識者よりお借りしながら何とかして去年を乗り切った。

驚いた、iPhone11にした途端人とちゃんと連絡を取り合えるなんて。それはもう奇跡に感じた。(当時迷惑をかけてしまった方々、すみません!!)

こうして去年は何とか物の環境を最低限だが整える事ができたのだ。

それ以降は何も起こっていない。

 


そして、今年1月某日、右奥歯が欠けていることに気づいた。

というか、上部の親知らずが突如として成長を果たし、奥歯に食い込み始めた。

はっ…!これも何かの暗示…!?

 


新年早々今年のテーマが決まった。それは「身体を整備する」だ。

どストレート。ザ・どストレートだ。

毎年ノートに貫くべくテーマを書き殴っていたのだが、「身体を整備する」というシンプルな1行はあまりにもこのノートから浮いて見えた。

しかし、そういうところに目を向けるのが今年である。

それから、ひっくり返したちゃぶ台も何とかしなければならない。

 


その手始めに行くのはそう、歯医者だ!!!

この奥歯の欠けは何とかしなければならない。

 

上京して3年ほど経つが、まるで治療関係へ出向けていない。

今まで敬遠していた理由は勿体ないから、という危うい精神であった。

「治療で金が減るなんて…、だったら本や漫画を買いたいわ!だったら痛みも我慢するわ!」という己の精神をポキッと折って、それを両手に握りもうスキーの如くいい滑り出しを切り歯科へ向かった。

 


ガチャっと扉を開けると看護師さん一人のみが受付に立っている。

待合室はというと、狭い玄関とそこから伸びる狭い通路のみ。

左手に扉があり、その先に一室だけがあり、まるで一家をリフォームしたようなこじんまりと歯科であった。

 


びびりな私は「親知らずの抜歯」へと事が進まぬように、歯が欠けたことを最優先事項に伝えしばらく待っていた。

すると名前が呼ばれ長い椅子に凭れ、「少々お待ちください」とまたしばらく待つことになった。

 


ああ、きっと怒られるんだろうなあ。

「この欠け方さ、なんでもっと早く来なかったの?わかってる??」うう、言われそうだ…。

それから「表面は綺麗なんだけどさ、歯と歯の間や見えない部分がね、ほんと汚ねえ」とまさか己の性根までも暴き出され虫歯よりも大切なことを指摘されるのが歯科である。

私は懲罰椅子と化した台に身を拘束されながら、目の前で流れる新春バラエティ番組をただ流し見た。

 


それから、しばらく待ったのだが「あれ、医師来なくね?」。

それは最早父親の帰りを待つ子の心情に近かった。

すると案の定、車の駐車する音が聞こえた。

 


「すみませんー!おまたせしました」

少し慌てながら入ってきた歯科医師はあまりにも歯科医師然としていない格好で本当に父親が帰ってきたと錯覚してもおかしくなかった。

 

どう見てもゴルフ帰りっぽい。打ちっぱなし帰りか。ポロシャツに白パン

いつからマルチバースになっていたというんだ…!

 

かなりラフな格好の医師がこちらに器具を持ってやってくる。

これはいよいよ、本当に何かされるのではないか。

 

奇しくもその勘は当たってしまった──親知らずの抜歯である。

 


「今日ですか?」と一応聞いてみた。

「うん、今日だよ」と表情は影になって見えないまま、落ち着いた声色だけが近くで囁かれる。

私は思わず言ってしまった。

「今日、その勇気だけは持ち合わしていません」

すると、また同じ優しい声色で「うん、大丈夫だよ。うちの麻酔は細いから何も感じないよ」と囁かれた。

 


嘘こけ!!!!!!!!!!

ゴルフ好きのおじさんが!!!!!!

こんなリビングで何をおっしゃい!!!

嘘だ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 


リビングでマッドなおじさんに優しい声色で懲罰椅子に括り付けられ、私はその時初めて思わず身体を相手に許してしまう女子の気持ちが分かった気がした。

 

──「お願いします」

 


ただ、かなり財布様は翳っていた。

もうどうにか3,000円には収めたい。

私は直前で交渉に出た。

 

「すみません」

そう開口した声色が先ほどとはまるでキャラクターが違って、その差異にぴたりと空気の流れが変わったことを発した自分含め全員察した。

 

看護師さんも思わず聞き入ってしまうようなやり取りを何とか済ませ、無事、お互い相違のない信頼関係を結ぶことに成功して、抜歯は本格的に敢行された。

 


「では麻酔しますね〜」

なぜかバラエティからニュースに変えられた。

なんで!?誰かチャンネル貸して!!とでも叫びたかったが、私の奥歯には針が刺されていた。

この時にニュースはやめてほしい。気が持たないのである。

 


普通に痛えじゃねえか。

しかし、私は知っている。こんなのいっ時のことだということを。そのボーダーすら超えられたら、もうそこは虚無なのだ。

2本目からはもうその域に達していた。いいよ、幾らでも来い。

最早、眼下に位置するライトで偏頭痛はフィーバー状態に盛り上がり、無の境地にも響かせる叫びというものも存在するのだなと知った。

 


しかし、流石プロである。さっきまであった親知らずが隕石でも落ちたかの様なクレーターになっている。

「歯は持って帰る?」と聞かれ私は即答で「ふぁい」と発した時に己の痺れを自覚した。

 


「それじゃあこれ咥えて待っててね」とガーゼを奥に詰め込まれ、次の訪問者がやってきてゴルフウェア歯科医は次の治療を始めた。

 


それから、言い渡された時間の2倍私は懲罰椅子に括られ、よだれ玉と化したガーゼを何とか余る顎の力で噛み締めながらただただその合図を待った。

 


しばらくすると「うん、じゃあ外してもらってって」と作業をしながら看護師に囁き、看護師さんが正しく私に告げてくれた。

これでやっと正常な息を取り戻したのだが、ちょっと……

 


ちょっと!!!なによ!!??

最後までさ、ちゃんと、丁寧に扱ってくれっつーの!!!!!

 


雑なゴルフ好きの歯科医め!ふんっ!!

そう私は扉を強く締めて帰ろうとすると優しい声色に袖を引かれた。

 


「これで奥歯まで綺麗に磨けるはずだよ。

欠けてた奥歯もまだ早い段階だったから大丈夫。

普段上手に磨けてても、あそこは届かなかった場所だからね。また一回見せてね」

 

べ、べつに………

 

 

べ、別にアンタに優しくしてほしいってわけじゃないんだからね!!!???

でも、アンタがそう言うならしょうがないわね。

んもう、来てあげるわよ!!

 


ふんっ!と扉を強く締めて会計へ進めた。

「では会計が…」に一瞬差し込まれた「…」を私は見逃さなかった。

頼むぞ、看護師さん。結んだよね??

 


「3,800円になりま〜〜〜〜〜っす!!」

 


おい!!!!!!!!!!!

詰んだじょねえか!!!!!!!

 


一瞬で土屋慈人に戻った。危ねえ危ねえ。

思わずゴルフウェア歯科医に調べ教わったツンデレ女子のまま街の闇夜に帰るとこだったぜ。

 


しかし、あのプラス800円は何になるんだろうか。

矢張り、ゴルフ用品……?

 


そう妄想しながら帰路につき、違和感より快適になった奥歯を確かめながら今年を考えた。