こしあん日記

MURAバんく。の土屋のぐるぐるとした日記である。

22-10-23 外に穴を開けるしかない

昼過ぎに葛飾出身と合流しインドカレー屋へ向かった。

夏に彼と共に吉祥寺のインドカレー屋へ入ったのだが、それが初のインドカレーであった。

 

おかわりもできるというコスパの素晴らしさ、そしてナンの絶大的な美味さを知ってしまった。

私はインドカレーにどハマりしたのである。

そんな話をしていると、そんな大学生じゃないんだから〜と彼に言われ「確かに」と思った。

 

まさに大学生のうちに通っておくべき関門である。

しかし、本当に大学生活が音楽とゲームに明け暮れていたため、抜け落ちているものばかりである。

それを疾うのむかしに習得している同級生はもう着いていけないほどに遠くにいる。トホホ。

 

今年は大学をエンジョイするために必要だったことをぼんやりと考えることが多い一年であった。

単純に偏差値も中途半端な普通科大学で、趣味を共有できる奇跡的な出会いも無く、おもしろさは外にしかなかったから、というのが学生生活を楽しめなかった理由であろう。

 

淡々と単位を取り卒業式も欠席し、ゲーム仲間以外の同級生とは本当に単位のためだけの関係という非常に淡白な関係性のまま終止符が打たれた。

出たとしても因果は何も変わらなかっただろう。

 

あ!思えば出身と出会ったのは学生の頃で、まさにその時間は「外」であった。

へーー!!えーー!!なるほどーー!!と、内ではブレーキかけっぱなところをアクセルを踏んだ会話が出来た。

そう思えば良いことではないか。

ベースの丸山氏との出会いもまさにそれか。

いつでも外側にしかない運命線なのだ。

 

私はラッシーを頼み何故か出身は「ウーロン茶?」と指定されてアイスティーでと答えていたが、お待たせしましたと置かれたのはウーロン茶であった。

内では起こらない出来事である。

 

カレーを食べながら本当にカジュアルレベルの高いコミュニケーションって自分にその素質がないと本当に難しいという話になった。

咄嗟なアクションに対して文脈のないアクションで成り立つコミュニケーション。

それは即ち何も起こっていないのだ。

 

それだ。あの大学の空気感に馴染めなかった理由。

誰が悪いとか、そういう話ではない。

しかし、ただただ怖くて震えるだけの時間であった。高次元のプレイである。

 

それから出身の自宅兼作業場へ行き、近況を話したりしつつ作業を進める。

その時ふと私の客観視ならぬミーハー視は働いた。

 

 

あれ、『住住』じゃね??

 

 

越した頃に2畳のロフトで観ていたバカリズム脚本のドラマ。

バカリズムの作業場に人が集まり淡々と何気ない会話が繰り広げていく。その中での機微だったりコミュニケーションにおける妙なおもしろみにより展開されていくドラマだ。

あれ、これ擬似『住住』じゃね??

 

もしあの時、安易にあの空気感に便乗して、無理やり自分に楽しさを働きかけて過ごしていたら。

それはそれできっと楽しい世界線があっただろう。

しかし、ちゃんちゃらおかしいゼ!と思ってしまう性根はどうしようもない。

 

だから私はこれからも道端で楽しそうな学生やきっとそこを通ってきたであろう人々を見ては「高次元〜!はい!高次元〜!!」と胸中で高次元音頭を唱えスーーーと消えていくのだろう。

本当は羨ましいくせにっ!へへーん、知らねぇ〜!!

 

そんな何もかも楽しめなかったor現在も辛み…という方にもきっと楽しめるモノを現在制作中だ。

我々は外に穴を開けて行くしかないのだ。